冬を愛するすべての人に捧げられた『氷点より深く』。様々な冬が読み進めるごとに展開される。
第一部「ウィンタールバイヤート(冬の四行詩)」の二つ目の詩で冬が幕を開ける。
「冬」
天の旋律が上空を駆けて、
乾いた冷気が唇に触れる。
枯れ葉ひとひら宙に舞い、
振り向く視界を風が彩る。
冬といえば恋。
「告白」
冬、夜、研ぎすませた牙、
雪、闇、本当を射抜く瞳、
理性の恋情が時を止める、
白、黒、答えを今教えて。
恋は雪に促されヒートアップしてゆく。
「飢餓」
愛してる、雪は際限なく、
恋してる、降りつづくね。
貴方を喰らい尽くしたい。
骨のひと欠片も残さない。
冬の恋はどこへ向かうのか。
「傷心」
街灯につどえ真夜中の虫たちよ、
旋風になり雪たちを纏い踊ろう。
時計の針は揃って十二をまわり、
夢か幻のようにみな消えてゆく。
第二部「日曜日の天使」は第一部とは対照的に頽廃的要素が強い。二つ目の詩「愛」を見てみよう。
「愛」
魔女は艶やかな目でこちらを見る。
魔女は真っ赤な唇でこちらを呼ぶ。
魔女は長いかいなでこちらを招く。
深く。深く。何よりも深く。
魔女は艶やかな目でこちらを見る。
魔女は真っ赤な唇でこちらを呼ぶ。
魔女は長いかいなでこちらを招く。
そして、接吻する。
毒。
毒。
それは毒。
体中をめぐりまわって、
私を殺す。
後に残されたものは、
夢。
登場人物たちはどこか欠けた印象がある。六つ目の詩「夜」。
「夜」
一緒にドアを開けましょう。
構わないでしょう?
明かりもアンプもない、そんな部屋。
お似合いでしょう?
心ゆくまで、壊れるまで、遊びましょ。
何もかも無機質で無音な、そんな夜。
救われるでしょう?
心ゆくまで、壊れるまで、遊びましょ。遊びましょ。
それは風景も例外ではない。八つ目の詩「毒」。
「毒」
「珈琲にもっと砂糖を入れて」
天使がささやく。
窓から街灯の光が部屋に入ってくる。片腕にかかる体重はひどく柔らかい。テーブルの上にはマグが置いてある。肌はからからに乾燥してざらつく。
「珈琲にもっと、もっと砂糖を入れて」
天使がささやく。
鮮やかな赤の口唇の両端がつりあがる。紅と黒のキャミソールを重ね着した胸部は不自然なほど膨らんでいる。ジーンズはところどころ砂色。色あせた陽光の射しこむラウンジでソファに座っている。足を組みかえるたびソファがきしむ。こちらを認めて、目が笑う。確信を持って笑う。
「シャワーを浴びてくるから」
天使は立ち上がる。
足音が響いてドアが開かれる。バスルームから光がもれて部屋にとどく。テーブルとマグを照らして反射する。マグには黒い焦げた液体が澱んでいる。
「珈琲に砂糖を入れておいてね」
ドアは閉じられ、光は消える。やがて、水が叩く音が部屋にも聞こえはじめる。
第三部「不在の勝負師」では、題の通り不在である勝負師に代わって読者が戦場を進んでゆく。括弧書きではどこからか勝負師が助言をくれる。六つ目の詩「闘争心」を見てみよう。
「闘争心」
祈りのときは終わり、
組んでいた手を緩やかに解く。
ガラス越しに空を見上げる。
雪は絶え間なく降りつづく。
それは青白い炎の欠片、
音を立てずに、
余剰を鎮めてゆく。
(バランスが重要だ。熱さと冷静、集中と周囲の状況の注視、自己のコントロールと対象への干渉。相反する二項を両立させること)
山場とも言える八つ目の詩「ターン」。
「ターン」
展開は絶望的。
奈落、破局、終焉、死。
さあ、貴方の時間が来た。
五感を総動員し、
避け、躱し、凌ぎ、続け、
続けさえすれば、
つかむだろう。
己を苦しめたものすべての生殺与奪。
(人事を尽くしている者に天命を考えるゆとりは無い。危機的状況においてはそれに耐えながら観察に全力を注ぐこと。どこに逆転の契機があるかは分からない。一旦それをつかめば反動がおこる。逆もまたしかり)
果たして勝負を決定づけることはできるだろうか。九つ目の詩「確率」。
「確率」
地下階段を降りてゆくと蛍光灯がある。
蛍光灯は明滅している。
そこは踊り場。
上階の表示は九十九。
下階の表示は無い。
私は踊り場からさらに降りてゆく。
(勝負において最も重要なのはとどめだ。そこまでで半分と考える。九十九パーセント優勢であっても、そこから逆転されることもある。最後の一手をくだせるものが勝つ)
夏の様相が強かった第一詩集『風おどる』に対し、第二詩集『氷点より深く』では冬が徹底的に意識されている。第三詩集ではどうなるのか、お楽しみに!